3月、また今年も3.11が巡ってくる。2011年から7年目の春を迎える。震災と原発事故からの7年間、短くもあり、長くもある。同じ時間の中で、個々の生活は大きく変わり、何もなかったかのように時は流れていく。震災後に生まれた子も4月には小学生となり、60代の人たちは、後期高齢者となる。

時間の経過は、東電の賠償金では解決できない地域福祉の課題を表面化させてきている。避難の過程で三世代同居の家族は、ばらばらとなり、核家族としての生活をはじめ7年、ほとんど元に戻ることはない。若い子育て世代は、都市部に職を求め定住し、子どもたちはそこで学校生活を送る。老人世帯は、人の減っていく仮設に取り残され、高齢化が進んでいく。仮設住宅が、あたかも戸建ての老人ホームのような状況となっている。帰村した地域でも戻っているのは老人が多い。分散している地域が広いため、このフォローが行き届かない。農作業を離れ7年間の仮設暮らしをした老人が、昔の家に戻って生活を再開するのは大変なことである。

現在(1月16日現在、福島民友3月1日)の避難者数が県内17,169人、県外34,202人合計51,371人を数える。県外避難者は、ピーク時で62,831人ということから、いまだに半数以上の人たちは戻っていない。風評といわれるが、風評だけでは済まされない現実がある。いまだに県内各地の放射線量が記事として毎日掲載され、大熊町、双葉町、浪江町ではまだまだ放射線量は高く住める状態ではない。福島市内でも随所にホットスポットは存在する。やっと破損して原子炉内部の撮影が可能となったが、処理の方法についてはまだ決まっていない。随所に仮置き場が設置され、除染で出た土は、黒いバックに詰められている。県外から来た人には、原発事故が終わっていないことを印象づける。

住み続ける私たちには、これらの事実に慣れてしまい、当たり前となってきていることに気づく。何も根本的には解決していない。時間の経過の中で検証され、新たな事実も明らかとなってきている。冷静に原発事故を検証し、未来への選択を誤らないようにしなければならない。