3月11日、今年もまた巡ってくるあの日が。2011年3月11日の東日本大震災・原発事故から9年が過ぎる。早いようにも思えるが、9年間という時間は、多くの人々の生活を変え、新たな生活を作り上げていくためには十分な長さの時間である。

双葉町の一部が帰還困難区域の解除という新聞記事の見出し。「今回の解除範囲には2月末現在、78世帯242人が住民登録をしている。現段階では町内のインフラが整っていないことから帰還する住民はいない。」と言う現実、9年間の空白を帰還と言うには長すぎる。住民が居ないこの間も住民登録はそのままに維持されている。生活の場と住民票登録の場を異にする住民の二重居住地問題は、政治に翻弄され続けている。これらの地が、人が住むことのできる場所として復活するまでには多くの課題を抱えている。そこには、帰還と言うよりは、新たな入植者としての住民の確保が不可欠となる。

日本社会に難民を生み出した原発事故、原発事故は人の住めない危険区域を作り出し、時間の経過の中で危険が軽減され、9年目にして人の住める場所となりつつある。しかし、そこには以前に住んでいた人々の生活の痕跡はない。東電の原発に依存し、住民の多くは東電に繋がる仕事に従事していた過去には戻らない。

新型コロナウィルスのため、政府主催の東日本大震災追悼式が中止となることとなった。感染拡大防止のためにという理由で、多くの人々の集まる行事が悉く中止となっている。感染への不安、どこにいるかが解らない感染者の存在への不安、周囲には確認で来ない感染状況と拡大する感染報道、政府の打ち出す防止策、見に見えないウイルスは人々を不安地獄に駆り立てていく。マスクにたより、感染者として中国人を排除する、周囲の人との接触を避け孤立化を選択する・・・。

原発事故の直後の放射能への不安が引き起こした避難者いじめ、いまだに続く風評被害、不安要因が当事者意識の中で拡大するとさまざまな異常行動を引き起こす。歴史の中に何を学ぶか、10年の区切りとして総括し、未来に生かしていくことのできる教訓を生かしていかなければならない。